落ち込んで動けなかった翌日、僕は Mac を開けないまま Windows のほうに移動した。
仕事で毎日使っている画像生成のヘルパーアプリは Windows 側にある。生成のワークフローを Claude に任せている、ちょっと大きめの自作ツール。これを触るほうが、頭が動く感覚があった。
Mac での開発は止めたわけじゃなかったんだけど、結果的に 1 週間以上、Mac を開いてなかったと思う。
その期間、何もしてなかったかというと違う。
仕事の合間に、LLM の中身をずっと調べていた。仕組み、限界、最新の研究、業界の方向性。論文を読んだ後でも、というより、論文を読んだ後だからこそ、もっと読みたくなった。論文で崩れた前提の、実際の輪郭をもう一回ちゃんと見ておきたかった。
並行で、Windows の画像生成ヘルパーは順調に動いていた。Claude Code 単体で組んだ、わりと雑な作りのアプリで、中身は Claude が動いている。これが普通に動く。毎日仕事に組み込まれて、ハルシネーションもほぼ出ていなかった。
アプリ単体でこんなにスムーズにいくんだ、と思った。そこから、別の形を考え始めた。
中央のオーケストレーターを諦めるなら、別の形がある。
たとえば、各アプリにそれぞれ独立した AI を置く。中央の AI はなし。でも、メモリだけは全アプリで共有する。そうすれば、どのアプリで話しても同じ人格と話してる感覚が維持されるんじゃないか。
UI のほうは、たぶん 1 つのアプリに全アプリのインターフェースを集約して、タブで切り替えるような形にすれば、僕から見たら「1 つの AI と話している」感覚になる。中身は別の AI が動いているけど、見えるのは 1 つ。
これは、中央オーケストレーターを置くのと逆の発想なんだけど、結果として同じ「同一人格と話す体験」を作れる気がしていた。
完全な思いつきというより、Mac を閉じてた数日のあいだに、ぼんやり考えてたことではあった。
毎週月曜日、僕は娘を連れて長野まで車で行く。
毎週通っているゴッドハンドの鍼灸師先生がいて、片道 1 時間半かけて通っている。娘も一緒に行くので、車中で結構長く話す。仕事の話、絵の話、最近見たアニメの話、知らない街の話。長時間一緒にいるから、話題の浮き沈みも長い。
その月曜日も、いつも通り通院に出て、いつも通り娘と話していた。途中、たぶん長野に向かう道だったか、戻る道だったか覚えていないけど、僕が娘に最近考えていることを話した。
「中央に賢い AI を置くのをやめようと思っていて」「メモリだけみんなで共有して」「それぞれのアプリは独立した AI で動いてて」「でもユーザーから見たら 1 つの人格に見えるはず、共有メモリがあるから」
それを聞いた娘が言った。
「それ、ワンピースのベガパンクみたいじゃん」
ベガパンク、と娘が言った。
ワンピースの天才科学者の名前。娘はワンピースが好きで、最近のエピソードを見ているらしい。
それどんなんだっけ?と聞くと、娘が説明してくれた。
ベガパンクには本体と、外付けの脳があって、それとは別にクローンが何体かいる。クローンたちは脳に直結していて、知識と記憶を共有している。クローンが新しいことを学んだら、その経験が瞬時に他の全部のクローンに伝わる。だから本体もクローンも、見た目や能力は違っても、知っていることは全部同じ。
「だからパパがやろうとしてるの、それとほぼ同じ」
本当にそっくりと思った。
正確に言うと、構想とベガパンクの構造には違いもあった。ベガパンクは AI じゃないし、クローンは「本体の分身」だけど、僕がやろうとしているのは独立したアプリで動く別の AI だ。1 対 1 の対応にはならない。
でも、「中央の人」じゃなく「共有された記憶」が統一感の源泉、という根っこのアイデアは、ベガパンクとそっくりだった。
僕がぼんやり「メモリ共有・各アプリ独立・UI で集約」と組み立てていたものに、娘が「ベガパンクみたい」というラベルを貼ってくれた。アイデアはこっちが温めていたんだけど、輪郭をくれたのは娘の一言だった。
これ、せっかくなのでPunk Memory System って呼ぼうかなと思った。
帰りの車中で、更に色々考えていた。
「完全体MONET」と「Punk Memory System」は、実は「同一人格として一貫してそこに居る AI と仕事をする」というゴールは同じ。
完全体MONET = 中央の人で統一感を作る。 Punk Memory System = 共有メモリで統一感を作る。
完全体を諦めたわけじゃないけど、順序を入れ替えただけ。先に末端のアプリを独立させて、共有メモリで束ねる。将来オーケストレーターを上に乗せられる土台を作る、という計画として捉え直した。
名前がつくと、輪郭が固まった。「中央集権をやめて、メモリだけ共有する設計」っていう長い説明が、4 文字くらいの呼び名 + 漫画の参照で一気に伝わるようになった。
名前って、思っているより設計の側を縛る。オーケストレーターには MONET というコードネームを付けていて、「完全体MONET」と呼んでいた頃は、無意識に「中央に賢いやつ 1 個」の縛りで考えていた。「Punk Memory System」と呼びはじめて視点が変わった。
ただ、名前がついただけで、中身はまだ空っぽだった。Layer をどう切るか、誰が書き込むか、何を共有するか、何を共有しないか — 全部これから組み立てる必要があった。
次の何日かは、その中身を組み立てることに使う。